先日21日にXとYouTube配信で発表した通り、ライナー・クニツィアの代表作である競りゲーム「モダンアート」について、権利者であるクニツィアゲームズとの再契約が完了し1月に再発売する予定となりました。ニューゲームズオーダーが日本語版の権利を取得し発売したのは2014年のことで、以来約10年間にわたり数回の増産を経て販売してまいりましたが、この度いくらかの仕様変更と大きな価格改定を行うことに決めました。概要は既報通り、
・箱サイズが弊社ボツワナサイズと同等に縮小
・ボードのデザイン変更、縮小
・他の内容物は前回同様
・販売価格を税抜3000円から2000円に改定
という感じです。何といっても結局「2000円!?」というところがポイントかと思います。今回の経緯について、先日の配信でざっくりとお話した所でもありますが順を追ってご説明しておきたいと思います。
まず大前提として、私たちニューゲームズオーダーにとって、モダンアートは最重要のボードゲームであることは間違いありません。私吉田が高校生の頃沢田に誘われる形でドイツボードゲームに触れ、夢中になるきっかけとなったのが何個目か(カタン、6ニムト、でモダンアートくらいの順だった気がする)に遊んだモダンアートでした。
https://news.livedoor.com/article/detail/15629443/
2018年に他の媒体から受けたインタビュー記事がまだ見られましたね。こちら辺りでお話したことです。このインタビューからもだいぶ経ちましたねえ、そもそもコロナ禍前の事でした。「自分が人生をかけるべき役割というのはこの面白さを伝えることではないか?」と、遊んだ直後にすぐに思ったんですよね。あまりにも面白いのにあまりにも世の中に知られていなかったので。当時はメビウスゲームズさんやゲームストア・バネストさんのような「ボードゲームショップ」が国内のボードゲーム流通を背負っていて、界隈ではささやかにその動きへのトライが無くは無かったですが、ボードゲームは「輸入販売するもの」であって「日本語版出版するもの」ではとてもなかった。ドイツボードゲームが面白いものとして受け入れられるか、そうはならないか?と確かめる遥か以前の段階で、当時のボードゲームの流通量はごく限られていましたし、ドイツ語パッケージのボードゲームをこれは面白いのじゃないかと感づいて、都心の雑居ビルの上にあるホビーショップまで買い求めに来る…という人達は、もう例外的な(そして頼もしい)ゲームプレイヤーに限るだろうと。沢田や私も勿論そちら側の人間だったわけですが、自分たちがそうだからと言ってそのうち皆そうなる…という予測を立てるのは無理があるなと。このジャンルの中でも特に強力な、代表的なタイトルくらいは日本語版になっていて、探せば常に入手可能な状態になっていて、という状況を作って、それでさて日本にとってボードゲームってどうなんだろうねという土俵に初めて上がれるということだよね、という認識で、「それには誰かが意を決して、自腹を切って日本語版出版を実現していかなきゃダメでしょう」という。沢田が大学時代にクニツィアとコンタクトを取ったことから2003年にルールブックの日本語版出版に至った「古代ローマの新しいゲーム」のフルセット版を2012年のゲームマーケットで(ファブフィブと共に)発売できた時は「うおーやった~ここまで来た~!」という感慨があったものですが、そこから一気呵成にゲームを出し続け2014年についにモダンアートの日本語版を出せた時には、「人生の大きな目的を一つ達成した」と思ったものです。実現しながら、まさか自分たちでなあ、と信じられない思いもありました。
20代の頃の自分は、「とにかくモダンアートのような凄いゲームの日本語版を出版して世に問うてみたい」というフロンティアに向かって生きていました。出したゲームの売り上げをすぐに次のゲームの生産に使うことになるので、とにかくいつもお金が無かったことを思い出しますが(笑)。その「お金がない!」という状況を解決してくれたのはモダンアート…ではなく、その2014年の暮れに出した「枯山水」と、続いて2015年に出した「コヨーテ」「ペンギンパーティ」といった、今なお大きなご好評をいただき続けているカードゲームでした。(枯山水についてはお金がカラッカラになった最大の要因でもあったわけですが)
私たちの精神的側面、そして私たちの信じる文化的側面において、モダンアートというのは最も重要なボードゲームです。自分たちがこのゲームに出会ったことで生じた衝撃や変化を、より多くの様々な場所で、より多くの人達の間で起こしてみたいというのが、私の出発点です。ただこれらの出版から約10年、ボードゲーム商業に携わってきた時間のうちに、この日本とドイツボードゲームのマッチングの実相というものについては、かなりの部分理解し、受け止めたというのも正直なところです。「日本でドイツボードゲームを広めたい、あるいはユーロボードゲームを広めたい」という言葉というのは、それが叶うということが現実的には想像できなかったうちの、大雑把なスローガンでした。私たちがこの10年のうちに販売したコヨーテやペンギンパーティの部数を考えると、「おお、大分広めたぞ!」という気持ちになれますが、モダンアートの部数でいうと、「ま、まあ10年前よりはね…」くらいにトーンダウンするのが現実です。もう全然開きがあるのですよね。精神的、文化的側面においてモダンアートは最重要、と申し上げましたが、では商業的には?10年を経た今日、「まあ無いよりはあった方が良いけど、最悪無くても大きな問題は無いかな…」というくらいの売上規模のタイトルでしかありません。これがコヨーテやペンギンパーティとなると会社の命綱と言って差し支えないほど重要なわけですが。自分が元よりボードゲーマーではなくて純然と仕事としてのみボードゲーム商業に携わっていたとしたら、「ライナー・クニツィアの最も重要なゲームは断然ペンギンパーティ」と言い切ってしまったかもしれないわけです。というか、少なくとも一面的に、日本でより多くの人々が遊び、楽しみ、役立っているゲームは、モダンアートよりペンギンパーティ。それはそうではあるのです。
と言う中で2024年、数年に一度3000部程度を生産し数年でぼちぼちと売り切っているモダンアートが何度目かの品切れを迎えたわけですが、最新の状況は明確に変化の時を迎えていました。端的に言って、特にドル円レートの変動からくる製造コストの大幅な上昇です。そもそもですが、2014年のレートは1ドル100円台でした。販売価格は税込で3000円、2700円程度。(過去に売られていた輸入版のモダンアートは自分の記憶の限り3800円と言う感じで、スタンプスについてもどの水準の価格で発売した経緯がありました)前回生産時もレート変動に応じて税抜3000円、税込3300円とさせていただく若干の値上げをさせて対応させていただいていましたが、現在の1ドル150~160円という水準では、仕様と刷り部数をキープしての再生産ではどう考えても相当の値上げをしなければコストが合わないのは明らかでした。
モダンアートの売上というのは長きにわたりかなり安定的に推移しているので、以前から「2024年の前半に売り切れます」という見通しは出ていて、その時点で「次はどうするか…」と考え込みました。考え込んでいる時間は相当長かったですし、それは妙案が無いということと、営業上はより優先順位の高い仕事が山積していた(ボツワナとか、ドラダとかです)のも理由でした。実際に品切れしても、まだ方針は決めていませんでした。良くも悪くも流通在庫が即座に枯渇するほど売れている商品ではない為、じたばたするよりまだ静かに検討を続ける猶予だけは持てたという事です。ボツワナ、ドラダのリリースが首尾よく成功し、安定的な増産の目途も立てられた段階で、モダンアートとラーを自分の思考の中心に持ってこれたのが夏から秋にかけてのことでした。
結果としては今回のような形での再発売のお知らせとなったのですが、「モダンアートを次回どうする」ということを考えた時、相当幅広く検討しました。出発点として、「再版をするかしないか」という所から実際に考えていました。申し上げている通りモダンアートはNGOにとって精神的最重要のタイトルなのですが、だからこそ、現状良い形での再版プランが見当たらなく思える中、後ろ向きに仕方なくという感じの再版、守りに守っての消極的な再版、というのを行って国内でのモダンアートのポジションをさらに弱めてしまうという着地をするくらいなら、自分たち以外でより良い再版を行えるパブリッシャーの登場に期待して自分たちは退く、という余地もありはしたのですよね。
ただこれは言うまでもないですが、自分たちが再契約しない、誰か次に手を挙げた人がモダンアート出せます、という状況を作ったところで、…それで好転する保証はどこにも無いわけです。「何でNGO手放しちゃったの…」という良くない結末を迎える可能性も普通にある。日本語版が出ないかもしれないし、「そうじゃないだろう」という嬉しくない日本語版が出る可能性もある。まだ消極的でも値上げ、少部数化でもしてNGOがお茶を濁しておいた方が良かった…というような。そもそも自分たちが商業的勝算を容易には見いだせないという10年来の結論を出しているモダンアートを、他の誰がかすぱーんと商業的に成功させられる、という想像自体が割と分が良くないとは思っているわけです。一瞬「手を引いた方が良いのかなあ」とも考えましたが、結局は「いや、やはり今後も自分たちでやるべきだ」という結論を出しました。
再版するとなると、次の決断の軸は「仕様を変更する、しない」ということでした。伴って刷り部数の調整。仕様変更をしないということは一部あたりの印刷コスト増は確定することになり、これをカバーして販売価格をキープしたければ刷り部数を増やすしかないということになりますが、これはほぼ確実に売れ残り契約期間終了、残部廃棄というオチになるのは明らかでした。ヒーコラ頑張って価格保ったところで売り上げが上がる要因にはならないですからねえ。
となると刷り部数キープからの値上げ、さらには刷り部数を減らして大きく値上げ。これは…一つの現実的選択肢ではあります。近年よく見る風景ですが、販売終了し入手難になったゲームにはプレミアム価格が付いていく場合があります。これは需給の問題でそうなるわけですが、プレミア価格が付いても売買が成立するレベルのゲームは、そもそもパブリッシャーが少部数高価格化して販売を継続するくらいならまだできる、程度の商業的ポテンシャルは残していると言えます(部数と価格の適切な座標がどこか、そこに着地できるかという問題はありますが)。これに付随して「内容物を豪勢にして大幅値上げ」というのもしばしば登場します。さらにそこにクラウドファンディングを掛け合わせたりもされがちですね。
と書いておいて「そりゃそうなんだけどね」とはまあ、思いました。気は全く進まないねと。敗戦処理感がすーごい。そっちに進む可能性について考えるほど、「え、ホントに再版する?そんな感じで、ホントに?」という所に立ち戻ってしまうわけです。そもそも私がモダンアートをニューゲームズオーダーで出版販売し続けたい理由と言うのが「世の中にモダンアートというスリリングなボードゲームに偶発的に出会うきっかけが増えて、人々の間で新鮮なゲーム体験が生じていく」ことを目指すからなわけで、値上げとかゴージャス化方向はどう考えても引きこもり隠居の方向。大きく後退しているのですよね。何ならもう日本語版ないから海外版輸入しよ、という話とあまり変わらないじゃないかと。儲かりもしないしゲームの魅力を広げるのにもさして役立たない出版は金ばかりかかる徒労だろうと。そもそもそのお金は今コヨーテやペンギンパーティやボツワナやドラダを売って生み出してるお金な訳で、そのお金はそういったゲームを買ってくれた方々がまたダイレクトに嬉しい方向に費やした方が良いってことになりませんか?こんなことしてたら、それこそモダンアートはNGOのお荷物じゃないのと。
防御的据え置きだめだなあ。値上げも全然だめだ。再版諦め、取扱終了はやっぱり選べない。…という所で、実行すべきは「仕様変更、値下げ」か…、と、大方固まりました。ボツワナ、ドラダと言った所が実証してくれたところですが、値下げはやっぱり販売数の増加には最も有効です。こう言っては何ですが、ボードゲームに限らず物価が上昇している状況だからこそ一層有効ということでしょう…いや下げられるんならですけど(笑)。言うは易し。早々利益率、利幅を残しながら、それ以上に大前提として商品価値、魅力を残しながらは下げられないだろと。でもまあ、こうなりゃ考えてみるしかないわ!ということで、モダンアートの値下げを念頭に置いた仕様変更について検討を開始しました。今回「箱の縮小」「ボードの縮小」「その他の品質キープ」という最終的な着地となったわけですが、検討のみということだと他にも多くの変更点を検討しましたし、その組み合わせを考えました。「カードの縮小」とか「ボードを廃止しての価格表示(スタンプス方向ですね)」とか、「打ち抜きチップを廃止しコインの代わりに紙幣を採用」とか「ついたてを廃止してリファレンスカードを紙幣にかぶせて所持金を隠す」とか。地味なことを、うんうんと検討し続けましたね。なおですが、カードやチップに用いている紙の品質を下げる、ということは考慮に入れていません。これは原則としてしないことにしています。とりとめが無くなるのと、刷り上がりが本当に出たとこ勝負になってリスクが読めないのですよね。今まで上手く刷れているカードの紙をケチった結果どの程度のしっぺ返しが跳ね返ってくるのかというのは読めないもので、危険です。明らかに貧相な仕上がりのカードが製品で送られてきてから「これじゃまずい、やっぱり元の紙に戻したいかも…」と思っても手遅れになりますので。動かしても良いかもしれない場所と、削りたくても動かすべきでない場所というのはやはりありまして、これはもう経験で身についているという感じですが。
検討を始めて改めて確認したのは、「2014年の自分はちゃんと仕事をしていた」ということでした。おかしな所はほぼ無いというか、そうおいそれとは変えようがない。ただ一点見出していた余地は、それはやはり10年間という時間の経過でした。10年間保ってきた2014年版の仕様は2014年の国内ボードゲームの状況、NGOの状況、自分の心境を反映して作り上げたもので、10年経った今となれば(安易に、とは行かないにせよ)動かしうる部分はある。最たる部分はやはり「箱のサイズ」でした。
2014年版のモダンアートの箱サイズは、元をたどると2012年「古代ローマの新しいゲーム」日本語版と同一サイズ。さらに元をたどるとニューゲームズオーダーのボードゲーム出版の大元と言える「ロール・スルー・ジ・エイジズ」のサイズでした。RTTAはNGOが2010年頃に相乗り出版した最初のボードゲームで、当時原語版パブリッシャーのグリフォンゲームズが複数のゲームを展開していました。RTTAのリリースが「快挙!」と国内ボードゲーマーに歓迎してもらえたことから、私たちは「このサイズでラインナップを作っていこう!」と方針を固め進んでいました。「グリフォンサイズ」を踏襲したのです。これは当時主流であった中箱サイズのドイツボードゲームより明らかに小さく、また明らかに安価に(3000~4000円台で)名作ボードゲームが入手できるようになりました、というアピールを明確にするためでした。このグリフォンサイズの厚さだけを増したのがラーやババンクのサイズで、長きにわたり「ニューゲームズオーダーのボードゲームと言えばこの大きさ」という形を続けてきましたが、国内でのユーロボードゲームの広がりとともに商業のウェイトが(枯山水だけは例外としても)コヨーテやペンギンパーティのようなカードゲーム中心に移り変わっていくと共に、このサイズのゲームを出す商業的意義は徐々に後退していきました。当初比較の対象だった売れ筋のボードゲームが高価格・長時間・大型化していったのも一因です。
ということで、2014年版のモダンアートはもう「絶対にここに合わせる」という前提があった中での製品仕様でした。その意義は2024年現在、いくらか薄れてはいるということでした。値下げできるのかを検討する時、箱を小さくし印刷費及び輸送保管コスト等を下げに行くというのはやはり基本です。幸いにと言いますか、2014年版のモダンアートは「グリフォンサイズにする」ということと、もう一つ、「元版であるハンス・イム・グリュック版のイメージをできる限り踏襲する」ということをテーマにしていましたので、「最小にした」モダンアートというわけではありませんでした。具体的に言うと、元版同様に黒いプラ製の中敷きが入っていたのですね。「中敷きをやめればまずコストカットも多少できるし、縮小はできるよなあ」というのが起点でした。
それでは、中敷きを省略した先の箱縮小のターゲットサイズは?というと、これはNGOの現在のメインサイズであるところの「ボツワナ」と同寸法ということでした。このサイズの源流はというと、ラウタペリ社との相乗りで生産した「ビザンツ」です。このビザンツ日本語版の売れ行き自体は(めちゃめちゃ面白いゲームであるにも関わらず)地味ですが、社内で「今後の製品サイズとしては良いよね」というコンセンサスが生じたものでした。「ビザンツにサイズを合わせてみよう」となったのが、以前の簡易パッケージが好評で、正規ラインナップとして格上げすることにした「バントゥ」でしたね。これは西山企画で、西山が「ビザンツより薄くても入るから一段階薄くするよ」ということで底面共通の薄型を作り、こちらは「ドラダ」にも採用されています。2014年版グリフォンサイズと異なり、現在の「ビザンツサイズ」の存在価値は「カードゲームに近い、なんなら同等の価格でボードゲームが手に入ります!」というあたりでしょうか。ボツワナもグリフォンとの相乗りだった2013年版はやはりグリフォンサイズだったわけですが、ビザンツサイズに縮小することで好評を獲得しましたから、同様にモダンアートも、自分たちにとって最新型のビザンツサイズに生まれ変わらせられたら活路は開けるかもしれない」というのが、私の思考の展開でした。
ということで、まずはボツワナの空き箱と2014年版モダンアートの内容物を持ってきて「そもそも入り得るのか?」ということを確かめたところ。「…意外と入りはする。ボードと説明書のサイズを縮小して、…あとは打ち抜きチップのシートを何とかできれば、理論上は」ということが確認できました。不可能では、ない。不可能ではないのですけども、当然ながらいくつかハードルはありました。さて跳べるのか?跳ぼうとしてみよう。
一点目は何といっても「ボードの縮小、デザイン変更」です。中敷きを省略し、より縮小する前提で検討を始めてはいるものの、今回のバージョンもなおパッケージやカード、ついたて、マーカーのデザインともキープすることはほぼ決めている。その中でボードだけ変えて良いだろうか?ということは、少なからず引っ掛かりはしました。しばらくそこを考えたのですが、今回の縮小版が実現できた時のメリットと天秤にかけた時、ボードの変更は「有り」かな…、という結論にはなりました。というのも、モダンアートの内容物の中で、ボードはどの程度の魅力と機能のウェイトを占めているだろう?ということを想像した時、まあ…そう大きくない(笑)。ボードとは言ってますがつまりは5種類の絵画カードの価格表示と、まあ後はラウンドの経過を確認する時にチラっと見る、脇役的な存在だからです。加えて言いますと、ボードのサイズとして元版の大きさが要るか?2014年版の大きさは要るか?と言いますと、まあ、不要なのです(笑)。元版のボードからしてあまり必然性は無かったのですが、2014年版は「まあ、元がこうだった以上日本語版も踏襲しよう」というものでした。特にカードの「絶対これね!」というのとは随分隔たりがあるものでしたので、縮小して、コストもカットして、もっと言えばこの機会に思い切ってデザインもマイナーチェンジして利便性をいくらか上げれば、それはそれでベターなバージョンとなるよねというのが私の感覚でした。
ということで「ボードは変えよう」ということでクリアできたのですが、問題は、コインでしたね。「カードは意外と元の大きいサイズでも収まる」「ついたても収まる」「ルールブックは元々大きめに作っていたので縮小しても同じページ数で収まる、読みやすさもそう問題無い」ということだったのですが。コイン及び市場価値表示のためのチップ。モダンアートにはこの紙チップが、計164枚入っている!これが原価の相当な部分を占めているのは間違いなく、また、2014年版のモダンアートは同一の打ち抜きシート4枚でこの164枚が上手く収まっています(特に4ラウンド分の価格表示チップが要るのでそれが各シートに1ラウンド分ずつ印刷されて収まっているわけです)。そうだった…この打ち抜きチップ、2014年版作る時もめっちゃめちゃ苦心したわと。これはしんどそうだ。後もう一つ言うと、百歩譲って印刷してシートを入れられたとして、プレイ後に打ち抜いたチップ164枚、カードついたてボードと一緒に箱に収まるか??
と、ここで一回まずさを感じ、「紙チップのコインをやめて紙幣に変更か…」という方向にだいぶ進みかけました。ただ紙幣にするとなればやはり問題は複数。「紙幣のアートワークどうする?新規に用意するとしてどういうものを?追加コストはどの程度かかる?それは他の元版内容物と同居して浮かないか?」「紙幣にしたとき、モダンアートのプレイアビリティは下がらないか?」「紙幣に用いる紙の品質選定は適切に行えるか?」「市場価値表示チップ12枚は紙幣では代用できないが、それはどうする?」紙幣ルートも、だいぶ難しいな…となりました。どうしても、勝算を感じるところにまでいかない。
立ち往生し、結果として私がどうしたかというと、実情を生産工場の担当者に丸ごと共有し、解決法について相談するということでした。普段の私であれば仕様の大方は自分で確定させて「こういうものを作って欲しい、こうすれば作れるはずです」ということを工場サイドに詳細に伝えていく形を取りますが、今回については「…できるような気がしてるんだけど、本当にできるかどうかわからないので、どういう仕様ならできるか検討してみて欲しいんだけど!」という状態で投げかけさせてもらいました。この手が使えるというのは、長年の(それこそ最初の2013年ボツワナとかからですから10年以上前からの)関係性がとあるという点と、それ以上に「長きに渡りコヨーテやペンギンパーティの大量生産を注文し続けてきた」という実績によるかなと思います。メイン商品で安定的に印刷費を支払ってきたからこそ、サブの部分で厄介な相談をお願いしても親身になってもらえる部分があるというか。加えて言えば「吉田が本腰で取り掛かっているということは、後々これがコヨーテやペンギンパーティに次ぐような売れ筋になって、頻繁にリピート注文が来るようなタイトルに変わる可能性もあるのかも」という期待をしてもらっている部分は確実にあると思います。こういう仕事の持っていき方自体が、多分にボードゲーム的ではあります。
今回の2000円という価格が可能になった最大の決め手は、工場側からの最適な仕様変更の提案によるものでした。私は「紙幣への変更とコインの維持両方を検討してコストを探ってほしい、紙幣を採用する場合はサイズや紙の提案もあわせて欲しい、コインを採用する場合は枚数の変更は原則避けたい、サイズの変更は僅かであれば許容できる可能性はあるが現状のサイズを保てるならそれが最適」といった条件を整理していました。はたして工場側からの返答は「コインを引き続き採用した方が良いという結論が出た、サイズも維持できる。打ち抜きシートを組み替えて4枚から6枚にし、ボードの材質を打ち抜きシートと統一すれば一番いいコストが出せる」というものでした。意外でした。思った以上に良い話だったからです。自分が感じていた問題は「同一の打ち抜きシート4枚」から「4枚+1枚+1枚、3種の打ち抜きシート計6枚に変わっているのだけど…」というところでしたが、そこは心配無用と言う話でした。そもそも「シート6枚でチップ164枚収まるんだ!」という所から、工場側が判明させてくれた成果だったわけですが。
工場側に現状と目標を知らせて仕様とコストの検討を要請した時点で、私はあわせて「従来の倍の部数まで生産した場合のコストを1000部単位で教えてください」と伝えていました。これはつまり「条件次第では倍生産する可能性があります」というメッセージでした。値下げを検討しているということは、部数維持と仮定すると工場側への支払い額も下がれば、クニツィア側への権利料も下がるということですから、先方からすれば全然嬉しい話ではない、むしろ良くない話な訳です。現実的に考えていった時、各方面誰もが喜べる理想的な改版というのは「販売価格下げ」「部数上げ」「印刷総額上げ」「権利料総額上げ」「売り上げ部数上げ」そしてひいては「NGOの利益総額上げ」。このセッティング、この方向性しかないと考えがまとまってきていました。工場側が提示してきた部数ごとの印刷費見積もりは、私が念じていたそういう可能性に通じ得るものでした。「倍作れば…2000円に値下げできるわ」と。
その見積もりを見た時は、正直私も驚きました。工場側と協議を重ねて最適を目指して検討していましたが、早々活路は開かれるものではないということも、今までの経験で重々とわかっていますので。しかし、工場側からの「本当に二倍生産するならこれで」という提示額を見て、「これはこの路線で勝負しよう」と、即断できました。想定していたより、はるかに勝算を想定できる条件になっているのです。当然ながら、「これによって今まで以上に、格段にモダンアートが売れるようになれば」という仮定によるのですが。元が3000円のゲームですから、たとえば100円引き、次回2900円にします、と言っても名目上値下げしましたとは言えるのですが、「実質的にインパクトのある、実効性のある値下げ」ということを考えると、2024年現在の私の感覚では例えば「500円引いて2500円にします」でも、いくらか心もとない。「元々は買わなかった人が心変わりして買うようになる価格」「今までモダンアートが視野に入らなかった人達の視野に入る価格」と考えると「3000円→2000円」くらいの、分かりやすく「安い!」というレベルまで行かないと、力強い値下げ路線とは言い難いのかなと。言っておきたいのは、原価率的な無理や痩せ我慢をして売価2000円を実現しているわけでは無いということです。今回のモダンアートは、仕様変更と部数増によって、2000円売価でNGO水準の原価率を十分に守って生産できています(年の瀬にドルが高くなっていますがそれでもなお、です)。もう一つ言えば「望ましいほどには売り上げ部数が上がらなかった時」を想定して、部数増を背景にクニツィア側の理解を得て、従来の3年契約から5年契約への変更を承諾してもらうこともできました。勿論願わくば今回のモダンアートが5年を掛けることもなく完売し、さらなる増産に向かっていけるというのが誰にとってもより良いことなのは勿論ですが、そこまでには至れなかったとしても、今回の改版計画で5年間はモダンアートを安定供給できる体制を得たということになります。
毎度ながらというか、モダンアートのゲーム内容の魅力に触れずハード面の話をしてきましたが、本当に面白いボードゲームはどうしても「もう…良いから遊んでみて!」という気持ちになってしまうんですよね(笑)。その「良いから遊んでみて」と言う一言を、自分が遊んで感動して以来の30年近くの時間をかけて更新してきた結果、2000円のモダンアートをリリースすることになったという次第です。行けるという確信までは無いのですが、大いに期待して良い気もしている。これだけの時間を経て今このトライができるということが有難く、とにかく嬉しいですね。上手く行ったらもう、ほんと嬉しいですね!ということで1月発売予定の2025年版モダンアート、皆様なにとぞ応援の程よろしくお願い致します。「名前は聞いてて遊んでみたいとは思ってたけど今までチャンス無かったから、これをきっかけに…」という皆様、是非どうぞ!遊んでみてくださーい!