いい加減に鉄は熱いうちに打て、というのを覚えて早めにドラダの話、続きを書いていきましょう。今回のドラダ日本語版は、元版のイメージを踏襲しつつアートワークを一新し、コマは元とは形状が違うものの大き目の木製をキープ、プラス片面に印刷、ボードは標準的な四つ折りではなく四分割のパズルボード、落とし穴マスに実際に穴を空け、プレイヤーカラーの識別チップを導入。価格2000円の薄型小箱。結果的にはこういう構成でした。私としては総じて良かったかな、とは今思っています。ニューゲームズオーダーのゲーム出版における基本姿勢からぼんやりとは今回のドラダ日本語版の完成形をイメージしてはいましたが、前回までに顛末をお知らせした「ドラダの権利って取れるのか?」という話と、「どういう形で新たにドラダを出せば、ドラダは再び力を得るんだろうか」という話は、別でしたね。権利を取る前の時点で「こういうアイテムにしてドラダを出す、これで必勝」という確信を得てはいなかったわけです。
書いた通りドラダ出版の糸口を見つけ、「何とかドラダ出したいんだよね、日本語版」と沢田に水を向けた時、「もちろんドラダは良いけど、めっちゃ地味じゃない?」と言った返事でした。わかる。ゲームとしては良い。商品としては地味。自分もそう遠くない把握ではありました。地味というより、正確な表現を探せば面白さが「秘められた」ゲームということ。「やってみたら想像より遥かに面白くて驚いた」となるのが元々ドイツボードゲームの他に比類無い特長だと言うのは古くからの方ならご共感いただけると思いますが、昨今の商品づくりには「秘めてるとか無駄だよ」という風潮もあります。しっかり見てもらえてなくても、誰にでも一目瞭然なように、外から全部見えてないとだめなんだよと。ガンガン魅力自分からアピールしてかないとだめだよ、YouTubeのサムネみたいになってなきゃだめなんだよと。言ったもん勝ちだよと。インスタントな商売を考えたらそういう言われ方は、一面の事実だろうなとは思うんです。我々含め皆とても余裕は無いですから、インスタントな成功はそれは求めたい。「長い目で見て…」なんて、早々言ってられないよ。商売立ち枯れちゃうよと。
でもありとあらゆる物が動画のサムネみたいになっちゃうのって、それはイヤかなあとはやっぱり思うんですよね。「古き良きもの」なんて老朽化していく、つまり朽ちていくんだよと言われたら、「そりゃ手っ取り早い稼ぎに限った話でしょう」と抗いたくなるものです。時を超えて普遍的なものはある。SNS映えしそうな見た目やテーマのゲーム選べとかばかり、ねえ。ボードゲームの面白さ自体は当然プレイヤーの心中に生じますから写真撮っても直接映るものでは無いですし、多くの人にボードゲームを売ろうとすればしていくほど、ボードゲームの面白さの真髄を(まだ)知らない人たちに向けていくことになりますから、真髄とか無くてもインスタントな稼ぎとか変わらないよ、そもそも面白くするとか早々できないんだし手間の分浪費だよと説かれたら「あなたはゲーム出さないでください」とは申し上げたい所になります。売り場にデコイをばら撒かないでいただきたいなと。一生懸命面白いの作ろうとして失敗するのと(それも極力避けたいですが)、最初から面白いの作ろうとかしてなくて小銭稼ぐ方式でしかないというのは、また違うことで。
…といった立場に立った上でドラダを出すというのは、基本的には逆張りということなんですよね。逆サイドに「そう、そういう風にして欲しいのよ」という人達も居るはずだと。常々、口には出さないけど感じてはいたと、明確にそう思っている人達と、言語化できてはいなかったけど現状に「これで良いのかなぁ?」という違和感が些かあって、逆サイドからの声が耳に入れば「あ、それだわ」という気付きに繋がる人達。インスタントな商業が置き去りにしがちな人達…総称するとそれは「ボードゲーマー」と言われるような人達なんじゃないかと思いますが(笑)。何年やってるかとか何個ゲーム持ってるかという新旧は関係なくて、そういう部類の人達はいつの世もいらっしゃる。いつの世も少数派のような気もしますが。
35年前に、最初期に日本に入ってきていたボードゲーム。カタンより前に入ってきてたドイツボードゲーム。でも今は、(日本でも、ドイツでも)ほとんど見当たらないボードゲーム。言われたら、あれ何だったんだろうね?名前聞いてるけど遊んでないわ。大昔一回遊んだけど持ってないわ。というのを、今なら2000円のお支払いでご確認いただけます、という。そもそも自分達のやってるボードゲームって元はどういう感じだったんだっけ?という遡り体験というのが、今回のドラダ出版の一側面です。
※余談ですけど、ホビーベースさんから出てる「うさぎとカメ」もこういう話の流れで言えばマストバイ、マストプレイですよという話にはなります。何か結構スルーされてる気がしてますが(残念ながらそれにあまり驚きも無いのですが)。
契約を完了しドラダの制作に取り掛かった時、「うさぎとカメ」の話題は社内で時折出ました。「歴史的名作だから商業的にも行けるっしょ」という楽観はもうダメなんだ。もう、少しの油断で空振りますと。サムネに行き掛かりを全部書くとは言わないけれど、伝え方、見え方については良く考えなければいけない。
ドラダを2024年に新たに出した時の、過去から続く、国内での商業的なポテンシャルというのは未知数ではありました。ただ規模はともあれ、確実に何らかのものがあるだろうとイメージしていました。その点で言えば、カタログスペック的にはあるはずだったうさぎとカメ以上にあるのではないかと。これは自分が10代の頃から得てきた30年ばかりのボードゲームプレイヤーとしての記憶、感覚でした。この、埋蔵されているはずのドラダのポテンシャルを適切に再起動するには?という問いが、今回のドラダを作っていく上での羅針盤と言えました。
当初私が想定していたドラダの販売価格は「2700円」でした。一つ前に出し好調に売れている「ボツワナ」と価格も並べ、箱サイズもボツワナと同じにしようと考えていました。結果的に出たドラダはさらに価格が大きく下がり箱も薄くなりましたが、この方向性は実のところ日本語版に留まらず、将来的に海外版への展開も含めて、視野に入れての小型化でした。自社製品の海外展開への実現性を考えた時、私としてはこの方向性かな…と思うからです。
ご存じの通りスマートクッキーゲームズの許諾を得てドラダを出版しているのは世界で現在ニューゲームズオーダーだけです。私達が作ったドラダを海外でも、というムーブは後々トライして良いですか?という提案を、スマートクッキーは「できるのであれば」と肯定してくれました。今回のドラダ制作が上手くいったカギとなったのは、何と言ってもスマートクッキーゲームズが私の製品作りに対して柔軟に、寛容に対応してくれたことでした。
ゲーム出版が上手くいくかを占う時、極めて重要になるのは「どれだけ出版条件を二転三転させられるか」です。状況が千変万化していく中で、ああでもないこうでもないと、出版・販売の成功に向けて何度も何度も各部を調整し組み上げなおせるか。権利者との関係で言えば、販売価格と出版部数がその最たるものでしょう。2700円で出すと言っていたものを2000円に変更しているのです。販売価格がロイヤリティの算出の元の数字ですから、一部当たりのロイヤリティは値下げしたらダイレクトに目減るのです。これを「OK」と手間なく二つ返事で返してくれる権利者は…多数派ではありません。「ロイヤリティの総額がキープされるように出版部数を増やしてくれ」といった返答でも良心的な方でしょう。最初に契約書に明記した時に合意した価格、出版部数、時限。さらには使用するアートワークの指定。海外版との仕様の統一(特定のコンポーネントを購入して採用する義務等)。生産地の指定などもあり得ます。全てが制作の縛りになり、この縛り一つで捉えかけた成功も大失敗に変わり得ます。スマートクッキーは作者本人ではなく、あくまで文化的にゲームの権利を管理するという理念があるから…というのもあるでしょうが、私が「上手くドラダを出すには、こうしたら良いんじゃないか?」と思いついて相談するたびに「OK、任せるよ」とすんなり返答してくれました。これが元々細い道を行く中でベストを尽くせた要因です。とにかく可能な限りで上手く作る、ということに集中できました。
近日こそ若干和らいではいるものの急激な円安に伴って、製造費用は増大するとともに、自然に考えると「日本で作って海外に売る」ということが活路となり得ます(世界にボードゲームが溢れに溢れかえっている今日、全くもって容易ではないのですが)。販売価格と箱の小ささは、その競争力でもあります。勿論同時に、これは国内での普及のカギとなる要素でもあります。将来的な海外展開を本気で考えて2700円から2000円への価格変更を実現できた訳ですが、実際私たちはギリギリまで1800円にしようとしてました。その過程でどんどん円安になっていき、ギリギリの所で安全を見て、ブレーキを踏んで2000円に着地したわけですが…、流石に正しかったかなと思っております。2000円でも元版と比較して十分なプライスダウンとなっていて、皆さんに「買いやすい」と喜んでいただけたという手応えは感じました。たかが200円、とはならず割合の話なので、低価格のゲーム程100円単位で成否が決定的に分かれてしまいます。
ニューゲームズオーダーとしてはできる限り様々な人達にとって「良いね」「面白いね」となるゲーム、実際に遊ばれて活用されていく意味のあるゲームをできる限りお届けしたく、そうすることで商業的な成功も求めていきたいと考えています。ドイツボードゲームというのは本来、世の中にそういう風にハマれるものだと。新旧の愛好者にとってのドラダ出版の意義は担保できたつもりでいて、では改めて新たに、「より広く」という(ドラダが本来実現していただろう)目標は?どうやって?と考えながら制作を進めていました。勿論価格面や、箱の縮小でかなう携帯性や保存という方向から現実的なアプローチはしていたのですが、私の中で「これは良いんじゃないかな?」という決め手を掴めたのは「落とし穴のマスの所、実際にボードに穴を開けられないかな?」と思い付いた時でした。ボードを見ていて、直観的に「落とし穴のマスがホントに穴だったらな~喜ばれるだろうな~」という感覚があったのです。コストが限られる中では四つ折りボードで安定的な平坦を作り出すのが(特に国内生産では)容易でなく、過去の西山の担当した他社さんのゲームを参考に「いっそパズルボードを採用しようか」と思い立ち、その後で「四つ折りボードだとできない、パズルボードだからできるプラスアルファは無いかな?」と考えていた結果のアイデアでした。簡単に言ってますがボードの製造を実際に担当する西山からしたら骨も折れリスキーでもある話で、相応苦労は掛けましたが、私としては経験的に「西山なら何とかしてくれるんじゃないかな…」という推測をしていました。結果的に…何とかなった!推測は当たっていたというわけです(笑)。私たちとしては、別の工場で作っている木製コマがボードに開けた穴にそれなりにちょうど良くはまってくれるのか!?ということにひたすら戦々恐々としていたのですが、それも結果的には良かった。土壇場で私が「西さん、ボードの穴なんだけど、あと0.5㎜だけ狭められんかな…?」とお願いしたのが最後の変更だったように思います。「はまらなくなったらどうすんだよ!終わりだぞ!」とは、お互いに何度となく言い合っていたのですが(笑)。
ということで、そろそろ締めましょう!今回書かなかった話としては、アートワークのママダユースケさんと「元版のイメージを踏襲しようか、それとも類似作の『エルドラド』イメージのより具体的な海洋冒険みたいなアートワークにしようか…」と全く別パターンのパッケージラフなども描いていただいていたことなどがありますが。ママダさんもまた柔軟で、ご自身としてはエルドラド方向の方が良いかも、と仰っていたのですが、私が「やっぱり原作方向で行きたいなと…」と言い出したのに「わかりました」と応じていただいて、実際に採用されたパッケージアートを鮮やかに出していただきました。ママダさんから採用したパッケージのラフが送られてきた時「行けるかもーーー!」と最初の手応えを感じましたね。ロゴのOの飾りについては弊社西村が思いついてアレンジしてくれました。
ということでドラダ、お陰様で初版完売!次回9月の再入荷を目指して生産を進めております。お陰様で既にバックオーダーも数多くいただけております。弊社の新たな商業的柱に育ってくれたら良いなあ、海外への出荷なんかも将来的にできたら良いなあ…と思いながら、一歩一歩やっていきたいと思います。勿論他のゲームも並行して!ということでドラダ、お楽しみいただけましたら幸いです。