3か月ぶり、と毎度ながら時間が空いての更新です。本日は表題の通りニューゲームズオーダーが新たに発売する『ドラダ』日本語版についてです。
https://www.newgamesorder.jp/games/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%80
ドラダというゲーム…ご存じでしょうか?と問う側に回る程、私も知っていた側の人間だったわけではないのですが。
https://boardgamegeek.com/boardgame/5155/dorada
1988年にドイツのラベンスバ―ガー社から出版されたファミリーゲーム。作者はルディ・ホフマン。ルディ・ホフマンというとハンス・イム・グリュック社が黎明期に初めての商業的成功を収めたゲーム『マエストロ』の作者…というような知識が出てきますが。古豪という趣の人ですね。で、その彼の一番の代表作というと日本では『ドラダ』だということになるはずです(当然ですが世界的には『カフェ・インターナショナル』だというのが正しいかもしれません)。私も今回の出版計画の立ち上げ後にしっかり把握したのですが、ドラダ日本語版、これは史上初のことではなく「二回目の日本語版」となります。一回目は「富士商」という商社によってドイツ語版とほぼ同時期に取り扱われていたラベンズ版の日本語ローカライズ版です(ラベンス版の薄大箱パッケージの中央、アルファベットロゴの下に「ドラダ」とカタカナで記されているものが、輸入販売されていたドイツ語版と並行して存在しました)。当時私は小学生でドイツボードゲームも全く知りませんでしたから、完全に後から得た知識ですが、おそらく当時富士商がドラダを輸入販売しており、加えて(おそらく多少なりと輸入販売が好評を得たために)日本語パッケージ版も製造してもらって売ったということのはずです。その規模感はわからない…のですが、おそらく当時の玩具店や百貨店の売り場に、人生ゲームやモノポリーに並べる形で売られていたのでしょう。個数としてはだいぶ売っていても不思議ではない。というのも、私が2006年にB2Fゲームズを開店しボードゲームの中古もいくらか扱っていたころ「ドラダはありませんか?」という質問を時折受けたのです。2000年代に入っても、知名度は間違いなくありました。ただ売り場には、ほとんど影も形も残っていませんでした。今となればオンラインで探せばいくらか中古が見つかることもあるのですが、残っている知名度と現存数が全く釣り合っていない珍しいゲームだったのです。それでいて、なぜか全く再版、復刻されなかった。不思議だったんですよね。ゲーム内容的にはまさに「一般向け」と言えるようなドイツゲーム。考えどころがあって楽しめ取り回しも良い、シンプル短時間なコマ4個持ちのすごろくということで、ラベンスが絶版にしたの自体不思議だし、仮に一度絶版しても、姿かたちを変え繰り返し出てきそうな、そういう扱いを受けそうなゲームという印象でした。数年前までは、ハバ社が子供向けにリメイクした『お宝はまぢか』という関連作としては売られていたのですが。
私としても自分自身が深くかかわったことのあるゲームというわけではなく、私がモダンアートからドイツボードゲームに熱中した1990年代後半の時点で既に過去のゲームでしたから、当時は遊んだことはありませんでした。当時TRPGプレイヤーでもあったこともあり、愛読していた「電撃アドベンチャーズ」誌に連載されていたボードゲーム紹介記事『榊涼介/林正之のマルチプレイ三昧』のドラダ回を読んで「やってみたいな~。機会があれば、そのうち…」と思ったまま、実際に遊んだのはそれから10年以上も後だったはずです。ということなので、おそらく現在のドラダの知名度は今の50代以上の方々を軸にあることになるでしょう。
だから、「ドラダ出します!」と言ったら皆さんの反応はどんな感じだろう?というのは、だいぶ不安なものはありました。「すごい!でかした、快挙!」という反応もいただけるはずだけど、「ドラダ?なにそれ?」という人が多数派になるはず。2024年にドラダ。「今さら…」なんてタイミングもずっと前に通り越したゲーム(しかもそうなった理由が不明)、商業的にはどうだ?と。
…と思ったのですが、蓋を開けてみればだいぶ良い反響をいただいております。「流石ドラダ先輩、強いな~!」となりました。1995年のカタンより前の1988年ですから、トイバーでもバルバロッサとか、先ほど名前を出したカフェ・インターナショナルとか、クラマーならアンダーカバーとか、その前からずっとあるのがディプロマシーとかアクワイアとか、各段に選択肢が限られた頃の強豪ゲームだったわけで、それは結局そうなんだと。それが絶版して35年空白?詳細は不明ですが。
この謎の空白にいつかは挑戦しなければいけないよな…とは、ニューゲームズオーダーでゲームを出しながらずっと機を見ていたのです。それが具体的に動き出す形勢になった一つの要因が、先のコロナ禍の数年でした。今のNGOの土台をなすゲームの出版を何とか乗り越え、会社がだいぶ軌道に乗りかけ、上昇感をやっと感じられた矢先の2020年にコロナが来ました。巣ごもり需要で一瞬はボードゲームの売り上げは上がったりはしたものの、その後2021年からは急降下(それはそう)。そもそもこの環境でボードゲームの種類がそんなに沢山要るわけない…という実情に反比例するかのように国内外双方でタイトルは乱立して行く中、私たちとしては新製品のリリースペースを極めて緩やかにし、既存のロングセラータイトルの地道な再生産でコロナ期を乗り越えよう…という選択に進みました。この状況下でなお商業出版するゲームというのは、相当な存在意義がなければダメだと思えたからです。その、「相当な存在意義のゲームを、その分時間をかけて」という条件に合致し、今こそ取り組むべきだとなったのがドラダでした。(特に日本での)ドイツボードゲームにおける歴史的重要タイトル。ニューゲームズオーダーが普及させたいと考えながら、過去へと押しやられて行ったタイプのドイツゲームであり、商品として考えた時も、小型と超大型の二極化に振り回されている売り場の状況に楔を打てるような構成をしていました。様々な点から、コロナ禍を言わば逆用して作り出すには最適なタイトルと言えました。
ただ、当然ながらハードルは高いというのは承知の上でした。何といっても、権利の所在が判然としない。作者は故人。海外含め、現行で出版しているパブリッシャー無し。再版をしたという過去のパブリッシャーも無し。ただ自分が動き出すきっかけになった件がありました。それが実は『フラフー!』を出版した時の事でした。フラフーのパブリッシャーであるドライハーゼン社のことを調べている時に、商品リストの中にあったある作者名に目が留まったのでした。グイドー・ホフマン。この名前は?と調べたところ、勘は当たり。
https://boardgamegeek.com/boardgamedesigner/308/guido-hoffmann
(失礼ながら著作は知らなかったものの)ルディ・ホフマンの息子さんもゲームデザイナーだった。そしてドライハーゼン社からゲームを出している。…という所で「ドラダの権利所在、ドライハーゼン越しに聞けるのでは?」という発想になり、早速問い合わせたというわけです。ドライハーゼン社の担当者さんがNGOに近しいような出版方針を持っていて、そういう話も聞いてくれる、という感触をフラフー出版の過程で感じていたこともありました。これでグイドーさんが権利を管理していたら、一気に契約出版へ行けるのではないか?そうなればデカいぞ!と。
しかし回答は「私は権利を持っていないし、現在の所在も知らない。これ以上話せることは無いです」というものでした。そう簡単な話では無かった…(笑)。
ドライハーゼン社に「…誰が管理してそうとか、心当たりあれば聞いてみてもらえないですかね?」と粘ったものの有効なヒントは返ってこず。ドライハーゼン社にもグイドーさんにも何のメリットもない話なのでこれが精いっぱいという感じで、空振りに終わったのでした。
この結果は一旦は残念だったわけですが、自分のモチベーションとしてはドラダは動き出していたので、引き続き調べていこうという気持ちは固まっていました。何より、ドライハーゼン社およびグイドーさんとの会話は、出版への直接的な前進では無いものの、決して×では無かった。手が出せない大企業が権利を握って(枯らして)いるとか、逆にグイドーさんが持っているけど日本語版とかで出させる気はないといって断られたとか、そういうことではなかったからです。ルディの息子さんさえ「所在知らない」という状況なのだということが確認されたということなのです。…もしかすると現在、誰一人として「私ドラダの権利持ってます」という自意識を持っていない状況になっている可能性さえあるのではないか。
ともあれ調査を続けよう、ということで、外堀を埋めるために自分が当たろうとしたのはラベンスバ―ガー社でした。と言っても、コネ無しでラベンスバ―ガー社の正門から問い合わせて、想定するような部署に取り次いでもらえて有効な回答がもらえる可能性というのはほとんど無い、というのが私のこの仕事をしてきたなりの認識でした。今大昔のドラダの話で水を向けて返答が来ることを期待するのは無理がある。
結果としてここで役に立ったのはBoardGameGeekでした。BGG上で、ラベンスバ―ガーの関係者だとわかる、特に古株の重役だとわかる、加えて最近もアクセスがある有効なアカウントに直接メールして聞いてみるという。原始的な突撃みたいな方法ではありますが、有難いことに関係者から返答が得られました。
「私たちは権利を保持していないはずです。ドラダが私たちのもとにあったのはかなり前の事なので、権利はルディ・ホフマン(つまりルディ・ホフマンの権利の相続者)に戻っているはずです」
気まぐれに返答を返してくれた、という感じでしたし、返ってきたのは予想(期待)通りのものでした。ラベンスがキープしてるということはあり得ないだろう、と思っていましたが、その確証に近い物を得られたと。
「ルディの権利の相続者を知っていますか?」という質問には「申し訳ないがわからない」という返答でしたが、確実に外堀が埋まったと言えました。やはりドラダの権利は、おそらくはルディの親族に戻されている…グイドー以外の。可能性としては、この、ドラダを返却された親族がその事実をしっかりと把握していないという状態。あるいは、この返却された親族も亡くなっていて、そこで権利の所在がロストしたのかもしれない。
ラベンスの関係者との会話でもう少し状況を進められるかと思ったもののこれ以上の収穫はなく、ではどうするか…と考えたうえ自分が次にコンタクトしたのはハバ社の関係者でした(またもBGG上)。前述の通り『お宝はまぢか』を出していたため(2010年代半ば頃に生産終了していたようではあるものの)最も近年までドラダに関連する権利にアクセスしていたことになるためです。すぐに返答をくれた関係者が居たもののこちらはアメリカ支社の広報の人で、「担当部署に確認してみるよ」と親切に動いてくれはしたものの、ハバの社内でこれ以上の進展が無かった模様で「ごめん、ドイツの方からの返事がきわめて遅いんだ」との返答で終了しました。
ハバから最新の履歴が辿れないとすると、難しいな…という所で立ち往生。ちなみにワンアクションのレスポンスを得るのに1か月、なんなら数か月の時間でも余裕でかかるので、動き出したのは2020年でしたが、既に1年経過して2021年になっていました(笑)。通常業務の裏で調査を継続していたわけですが、こういう時間感覚の中でのことです。この時点で、誰も権利の管理をしていない著作物、いわゆる「孤児著作物」としての手続きをして、出版に進みつつ権利者を探すという方法もあるのかねえ、といった相談を沢田ともしていました。ドイツの新聞に広告を掲載して…といった手続きについて話していたのですが、その前にもう一つ当たる価値がある会社があるな?ということに思い当たりました。アミーゴ社です。1989年のドイツ年間ゲーム大賞作「カフェ・インターナショナル」の流通を現役で続けている(ルディの没後も)。アミーゴの関係者の中には、ルディ著作の最新の権利の管理状況について知っている人物が居るのでは?
とは言え、アミーゴ社の規模感や正門窓口から返答を得る難しさはラベンスバ―ガーと大差無し…という感覚はあり、望みは薄く感じました。BGG上でも有効な関係者は発見できず。アミーゴ社からすれば答える筋合いはほぼ無いので、ダメ元で代表のアドレスに、それでも今回の経緯などを詳細に書いたメールを送ってみました。…この時点でまた年が明けて2023年になっていた。
「アミーゴからは、そもそもメールが返ってくることは無いんじゃないかな…」と思っていて、これで反応無しなら孤児著作物の手続き研究へ。と思っていたところ、予想外にもそう時間もかけず、アミーゴ社からの返信を受け取りました。「え?来た!?」と、ホント驚きましたね。しかも、アミーゴ社のボードゲーム出版の中核的な人物からでした。その方からのまさかの有効な情報が記されたメールが返ってきて、一気に状況が動いたのでした。
…という所で、長いので一旦切らせていただきましょう。絶版した過去作品の出版というのは最新作のローカライズとはかなり趣の異なることがあるのですが、これだけ時間をかけることになったのは私としても初めての事でした。真面目に3年4年の時間、コロナが始まって終わる時間が経っていたんだなと、振り返ると思います。実際の製品を作り始める前の、その権利を取る段階なのですが…、今となっては、発売に漕ぎつけられてよかったですね。続きはまた書くとして、ドラダ日本語版、皆様是非よろしくお願いします。ルールも時間も短く遊び易いですし、2人でも面白いのも長所です。箱も小さく、価格も(少なくとも今は)2000円。我ながらですがだいぶ、だいぶ頑張れたんでは無いかなと思ってますので、良かったらお手に取って、遊んでみていただければ幸いです。